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●高校留学インタビュー&座談会
ニュージーランドの女子校での寮生活を体験したOGにインタビュー
「留学でつかんだ‘日本語教師’への夢。いつかは母校で教えたい」
プロフィール
後藤 由佳(ごとう ゆか)さん
1986年生まれ、千葉県出身。日本の高校1年終了後、ニュージーランド・ネルソンにあるNelson College for Girlsに留学。
葛藤に心揺れた1年間を乗り越えて…
まず、何故ニュージーランド、Nelson College for Girlsを留学先に選んだのかを聞かせてもらえますか?
後藤: ニュージーランドは家族と話し合って決めたんですけど、学校は「寮生活が送りたいな」と思っていたので、その希望をカウンセラーの方に伝えたところ、紹介されたのがNelson College for Girlsでした。
寮生活に憧れて?
後藤: ホームステイだと日常生活でいろいろ気を使うことが多そうだなと思ったんです。大勢の人が住む設備が整っている寮ならあまり気を使わずに済むかな、と考えて寮生活を選びました。それに寮は同じ学校に通っている同年代の学生がたくさんいて、いろいろと助け合えることも多いんじゃないかと思ったところもありました。
実際に寮生活は快適でしたか?
後藤: そうですね、自分と同じ学年の子たちと楽しく暮らしてました。あと、寮には自分より年下の学生もたくさんいたので、下の子たちの面倒を見たり…。
後藤さんが留学した当時、寮にはどれだけの学年の寮生が同居していたんですか?
後藤: Seniorと呼ばれる高学年(Year11〜13)、Juniorと呼ばれる低学年(Year9〜10)、さらにその下にPrep.と呼ばれる学年も2学年いました。うちの学校はニュージーランド全土からが生徒が集まってきていたし、留学生もいて、年齢もバックグラウンドも様々の生徒が全寮生140人以上いたと思います。食事の時間など寮生たちが一同に会している様子は「うわ〜すごいな」って圧倒されてしまいます。女の子だけだから、ホントに賑やかでうるさいんです(笑)。
それだけ元気で賑やかだったら、すんなり馴染めたのでは?
後藤: …。食事はグループごとに分かれて食べるんですけど、周りが何を話しているか、さっぱり分からなかったので、留学当初はその場にいるのも辛かったですね。グループは寮母さんが各学年ミックスできるように割り振ってくれるんですけど、学年を超えた共通の話題って「学校」とか「TV」くらいしかないんで。はじめは何も分からないし、ホント気まずかった…もう無言でした。
同じ学年同士だとまた違ったのかもしれないですけどね。
後藤: 周りが話していることがまったく理解できない、そうした寮生活にショックで、学校でもほとんど同じ状況だったので、「ホント何のために留学したのか分からない」と思ったんですね。それで「このままじゃいけない、学校ではなるべく日本人同士一緒にいないようにしよう」と自分から離れ始めました。でもやっぱり枠から外れようとすると、他の子たちにしたらあまり良い気持ちはしないみたいで、嫌がらせみたいなこともされたりしました。でもそこで流されてしまったら、「ニュージーランドまで来て何も成長できない」と思って努力しました。
(日本人コミュニティから)「このままではいけない、離れよう」という思いが芽生えたのはいつ頃から?
後藤: 4月に留学して2ヶ月くらい経った頃から自分ではうすうす自覚してたけど、すぐ行動に移すことはできなかったですね。
そうですよね、現地の生活にもまだ慣れてない頃で不安だろうし。
後藤: そう。でも同じ国同士で一緒にいると、一部の学生からスラングを言われたりすることもあったし、「やっぱりこのままじゃダメだ」と決心したんです。それでランチタイムのように長い休み時間から別行動をとるようにしたんです。まず「Tutorクラス」といわれる自分の教室に出かけてみたんですね。以前からその教室でクラスメイトがランチしているのを見かけていたので、「あそこに行けばしゃべれるかな」と思い切ってその中に入ってみたんです。それでも最初は話すことができなかったですね。でも向こうは「学校生活、心細いなの?」なんて声かけてくれるんです。まさに当時の心境そのものを言い当てられて、思わず「何いってるの〜」なんてごまかしながら涙がポロポロ溢れてきちゃって…。
そんな辛い時期から抜け出せるようになったのはいつ頃から?
後藤: そもそも留学する前から、他の教科の成績は良かったんだけど、英語だけはホント苦手科目で。だから留学1年目は新しい環境に慣れるだけで精一杯、英語力を伸ばせるような環境を作るところでタイムアップという感じで、学生生活をリラックスして楽しめるようになったのは、正直言って2年目からだと思います。
海外の女子校、そして寮での暮らしとは?
後藤さんはNelson College for Girlsを選んで良かったですか?
後藤: はい。女子校を選んで良かったと思います。女の子同士、隠しごとなく本音で付き合えたし、深く付き合えたと思う。それは寮生活だったところも大きいと思います。最終学年以外は2人部屋なので、常に誰かと向き合って暮らしていたので、最初の頃はそれがすごく気まずかったですけど。
1年間ずっと同じ人と暮すんですよね?
後藤: うちの寮はターム(学期)ごとに部屋割りが変わるんです。だいたい同じ国出身同士がペアになるんですけど、「せっかく親に高いお金を出してもらって留学してるのに、学校も寮も1日中日本人といたらもったいない」と思って、キウイ(ニュージーランド人)と一緒になるように部屋を変えてもらっていました。
一旦部屋に入ってから変わったりしたら、ペアになった子とは気まずくなりそうですね。
後藤: すごい気まずい(苦笑)。他の子たちからも「あの子と一緒だと嫌なの?」と聞かれるし。それに私が変わることは誰かと入れ替わることだから、他の子も大変だったかもしれないけど、それでも同じ国同士で固まるのは良いことではないな、と思ったんですね。といっても、他の留学生とかはあまり気にしてないみたいでしたけど。それでターム毎に変えてもらって。
1回伝えても次のタームではまた日本人同士になっちゃうんですね。
後藤: 「同じ国同士を相部屋にした方が助け合えるだろう」という配慮から同じ国で割り振られるみたいなんです。実際ホームシックになったりする生徒もいるので。
後藤さんはたくましいですね。自分の信念を貫こうという姿勢。
後藤: でもそうした私生活での気がかりなことに神経を使っていたので、1年目は「英語頑張ろう」と思っても、なかなか集中できなくて落ち着かなかったですね。いろんなことをあまり気にせず生活できるようになったのは、やはり2年目からです。
では去年1年はどんな風に学生生活を送っていたんですか?
後藤: 遊ぶといってもネルソンはこじんまりとした街なので、みんなと映画を観に行ったり、ショッピングに行ったり、カフェに寄ったり…って感じでした。週末はカウンセラーさんの家にお呼ばれしたり、学校が休みの間に滞在していたホームステイ先に遊びに行ったり、デイスチューデント(自宅通学の生徒)とも街で会って食事したり…。
学校でのイベントで思い出深いものはありますか?
後藤: 最終学年での「ボール」ですね。みんなパーティドレスを着て。中にはドレスを自分で作っている子とかもいました。寮でミシンをカタカタ動かしながら、他の子も採寸や裁断をお手伝いして夜な夜な準備するのも面白かったです。当日は同じ系列の男子校から借り出された(笑)男の子も来ていて、みんなで盛り上がって、とても楽しかったです。
文化祭みたいなノリですね!
後藤: 日本の学校のように文化祭とかがなかったので寂しかったんですけど、こういったイベントはすごく楽しかったです。他にも1学年下に「フォーマル」と呼ばれるパーティもあるんです。あと「ボーダーズダンス」という女子校と男子校の寮生が集まるダンスパーティや、「シニアダンス」「ジュニアダンス」といった学年に分かれたものや「インターナショナル・ダンス」という留学生のためのダンスパーティがあったり。
ダンスパーティが多いんですね。
後藤: そうですね。他にも「インターナショナル・コンサート」といって、国ごとに踊りや歌を披露し合うイベントもありました。日本は浴衣を着て盆踊りとパラパラを踊って、「上を向いて歩こう」を歌いました。「その国の言葉でやるのがいいんだ」とアドバイスされて、日本語で歌ったので意味は伝わらないんですけど。「とにかくお互いの文化を披露し合って楽しもうね」という主旨のイベントでした。
「インターナショナル・コンサート」が開けるくらい、いろんな国から学生が集まっていた学校だったんですか?
後藤: そうですね。いろんなところから集まってきてました。人数が少ないところは近い国同士で合同発表していました。これも男子校との合同イベントなんです。イベントがあるときは女子校に男子生徒が来るので、みんなちょっとした楽しみだったりするみたいです(笑)。
いつかは自分の学校で日本語を教えたい
後藤さんが留学を志したのは?
後藤: 発端はボランティア活動がしたかったからなんです。中学時代、校舎の隣りが老人ホームだったので、放課後お掃除をしに訪れたりするボランティアはしてたんですけど、イギリスのダイアナ元妃が地雷除去の現場を視察したりする国際ボランティア活動の報道を見て、「自分もああいう活動がしたいな」と憧れて。それで親に相談したら「じゃあ、留学してみたら?」ということになったんです。
「国際ボランティアができるには、まず英語やコミュニケーション能力」というところからスタートした留学だったのかな。
後藤: でも今は少しその路線から外れてきてますけど。
ニュージーランド留学で何か心の変化があったんですか?
後藤: 現地で「日本語」のクラスを2年間とってたんですけど、授業で他の生徒に日本語を教えたりするなかで「日本人の自分が見た‘日本’と、現地の人たちが見た‘日本’」観の違いからこっちがいろんなことを気づかされることも多くて、そうした経験を重ねていくうち、自分のなかに「日本語教師になりたい」という思いが芽生えていきました。いつか自分の学校に教師として日本語を教えたいなと思っているんです
自分の学校というのは、ニュージーランドの学校で、ということ?
後藤: そうです。自分の学校で日本語を教えていたのはオランダ人の先生だったんです。一応、日本に4週間くらい滞在した経験はあったようなんですけど、日本人からするとやっぱり「あれ?」と思うところもあったし、いつもテストの採点は私にお任せだったんですよ(苦笑)。文字の教え方もかなりざっくりとした教え方で、ちょっとびっくりでした。
なるほど。かなり独自の教育方針だったんですね(苦笑)。
後藤: 教材も平成10年度版の古いものを使っていたりして。「日本語もどんどん変わっていくものなんだから、変化に沿って新しい教材を使わなきゃ」と思ったんですね。それで、1年目の半ば頃から「自分が日本語教師にならねば!」と思って、教材のネタを作って渡したりするようになりました。
使命感が湧いてきたんですね。
後藤: もうひとつ「日本語教師になりたい」という気持ちを確信した出来事がありました。去年の9月頃、帰国子女受験のため日本に一時帰国する当日、偶然にも同じ便に日本への研修旅行に出発する現地学生たちがいたんです。ネルソン市で日本語を学ぶ生徒に日本への研修旅行が企画されていて、彼らはその参加者でした。機内では彼らに交じって話してたんですけど、「日本は今寒いのかな?」とか「どんなところかな?」とか、みんな目を輝かせながら日本に行くのをとても楽しみにしているんです。その姿を見て、「ああ、こういう人たちに日本のことをたくさん教えたいな」と思ったんですね。
「自分は日本語教師になりたいんだ」という思いが確信に変わったんですね。
後藤: そうですね。今は進学先も決まって時間があるので、日本語教師になるためにはどうすれば良いか、情報を集めて調べているところです。
養成学校に通ったりするつもりなのかな。
後藤: 合格したフェリス女学院大学には、学部に限らず受講できる日本語教師養成講座が開講されているんです。もともと日本語教師養成講座がある学校を志望校にしていたので、希望通りに合格できてホント良かったです。大学では国際交流と日本語教師の勉強の両立を目指して行きたいです。
志が高いですね!教職というのは後藤さんのように、志と情熱が大切だと思います。その志を大切に、日本語教師を目指して頑張って下さいね。今日はどうも有難うございました。
取材後記
明るく元気いっぱいの笑顔を見せながら、留学生活を語ってくれた後藤さん。一見すると非常に天真爛漫なキャラクター、しかしその笑顔の下には、留学で体験した辛い出来事を自分の力で乗り越えた芯の強さが隠れている。ぽつりと洩らした「楽しいだけなら高校で留学する必要はない。辛いことも経験できるからこそ高校留学した意義がある」というひと言に後藤さんの素顔を垣間見た気がした。そしてふと「悲しみや涙が人の心を耕す」−心の成長を遂げた後藤さんを見ていてそんな言葉が思い浮かんだ編集人であった。
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