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●高校留学インタビュー&座談会
帰国子女受験者インタビュー
「自分から一歩足を踏み出せば、きっと世界は開ける」そう実感した3年間の留学生活
首藤 耕平(しゅどう こうへい)さん
プロファイル
福岡県出身。中学卒業と同時に2001年4月よりオーストラリア・Mordialloc College へ留学。現在Year12。現在、VCEと帰国子女受験の真っ直中。すでに立命館APU(Asia Pacific University)アジア太平洋学部*に合格。

*立命館APUアジア太平洋学部
アジア諸国における経済・文化の比較、国際関係などを研究する。立命館APUにはアジア各国をはじめ世界中から多くの留学生が籍を置く。所在地は大分県。
●はじめに留学のきっかけを教えて下さい。
 留学は出発前年の10月くらいから考え始めました。ちょうど進路指導が始まる時期で、「そろそろ本格的に自分の進路を考えよう」と意識し始めたんです。
●首藤くんの周辺で「高校留学」は一般的でしたか?
 一般的ではなかったです。僕の場合、両親揃って海外が大好きで、僕が小さい頃から家族でよく海外旅行に行ってたんです。次第に僕自身も海外が好きになって、「外国の友達を作りたい」「文化を学びたい」、そんな風に海外への関心が高まっていきました。それで進路を考えていたとき「留学」の方向に傾いていったという背景があります。
●オーストラリアを選んだきっかけは?
 「進路をどうしようか」と考えているときに新聞記事でたまたまICCを見つけて。それで留学説明会に参加して、オーストラリアとニュージーランドそれぞれの特長などを聞いて、「自分にはオーストラリアが向いてるかな」と感じて決めました。
●ご両親は首藤くんの留学に賛成でした?
 はい。むしろ親の方が留学を勧めてくれたくらいです。「留学してみたい」と切り出したのは僕からですが、即、賛同してくれて、順調に手続きが進んでいきました。
●それで中学卒業と同時に現地に渡ったわけですが、当時の英語力に不安はなかったですか?
 すごく不安でした。留学すると決まった時点から英会話学校に行き始めました。周囲が受験シーズンのなか、僕は留学に向けて英語を集中的に勉強しました。
●では万全の心構えで出発できたんでしょうか。
 いえ、全然。ライティングは結構できたんですが、リスニングが全然だめだったんで…。英語が好きでテストの点も良かったんですが、それでもやっぱり不安でいっぱいでした。
●いざ現地生活がスタートするとどうでした?
 最初はもう英語がさっぱり分からなくて…。聞きたいことはたくさんあるのに、どう訊ねたらいいのか英語が出てこない…すごい苦労しました。いつも辞書を携帯して、聞きたいことがあったら、あらかじめ頭で英文を作ってから話しかけたりして。留学1年目の終わりになってようやく英語にも慣れて、考えなくても言いたいことがすっと英語で話せるようになっていました。
●1年が経過した時点での学校やホームステイ先での生活に変化は?
 転校したり、ホスト先を変えたりすることはなかったです。1軒目のホストが学校から遠いところへ引っ越す、という事情があって、仕方なく一度ホストチェンジしたくらいですね。新しいホストファミリーともすぐ馴染めて、最後までそのお宅でホームステイしていました。2軒目のホストは60代のご夫婦で20代の娘さんが1人同居していて、2年目には結婚して独立していきました。娘さんと入れ替わるように今度は香港から来た留学生が同居するようになって。
●ホームステイで苦労したことなどはなかったですか?
 特にはなかったですね。言いたいことがあればすぐ言ったりして、お互い意思疎通を取れる関係でいられたので、ストレスを感じるようなことはなかったと思います。
●学校生活の方はどうでしたか?
 留学当初は「英語は話せない、何も勝手が分からない」といった感じで、友達作りが大変でした。これが1番苦労しましたね。
●するとやっぱり日本人同士で集まってしまうとか…?
 そうですね。僕もずっと日本人留学生と一緒にいたんですが、あるとき自分の英語力が全く伸びていないことに気づいたんです。「これはマズイ、何のために留学したのか。どうにかしないといけない」と感じて。
●気づいた後は何か行動に出たのでしょうか。
 もともとスポーツするのが大好きで、中学時代はバスケをやってたんで、「じゃ、バスケをしよう」と地域のクラブに入って。バスケットの学校代表として他校との試合にも出ることができました。そして、スポーツを通すと友達が作りやすいことが分かって、それから色んなスポーツをするようになって、どんどん友達の輪が広がっていきました。英語力が飛躍したきっかけもそこからです。
●英語力もついて、学生生活もがぜん楽しくなったと思いますが、どんな思い出がありますか?
 ネイティブの友達ができてから、よく一緒に遊ぶようになりましたね。海外らしいイベントでは「Formal」と呼ばれるパーティがありました。皆フォーマルな装いをして参加する学校主催のパーティで自由参加なんですが、年に1度のイベントなので殆どの学生は参加していました。
●カップルで参加するのが前提、という一種のセレモニーのような?
 僕もはじめはそう思ってました。でも実際はそういう人もいますけど、基本的には男性同士、女性同士での参加でも構わないんですよ。普通にパーティに行くような感じで。でもパートナーがいた方が良いですけど(笑)。
●他にも日本の学校では体験できないような印象深いことはありましたか?
 現地の授業スタイルですね。日本の授業は先生が話したり黒板に書いた内容をひたすらライティングしたり、生徒は受身の授業スタイルですよね。オーストラリアは正反対で、生徒が積極的に授業を展開していく感じなんですね。例えば、先生から何か課題を与えられたら、自分でインターネットや本から情報を探し集めていって、レポートを仕上げないといけないんですよ。宿題でもテストでもそうでした。
●現地では学生もインターネットを駆使しないとやっていけない?
 レポートを仕上げるための素材探しのツールとしてインターネットは欠かせないです。とにかく先生はあまり入ってこないで、あくまで生徒が主導で授業を盛り上げていく感じがしました。
●先生主導型の日本と生徒主導型のオーストラリアの授業スタイルを体験して、どちらが首藤くんには合っていましたか?
 はじめは現地の授業スタイルに慣れていなかったので、日本の方がいいなと思っていたんですけど。よくよく考えると現地のスタイルの方が面白いし、自分のためになるんです。そのうち向こうのスタイルに慣れてくると、勉強していても手応えを感じますね。日本だと、授業中ノートをとっているとふと眠くなったりしますけど(笑)、向こうではそんな暇もないですし。オーストラリアでの授業は結構楽しかったです。
●授業はどういったものを選択していたのですか?
 コンピュータ関連の科目が多かったです。Information System(コンピュータのシステムを理解したり、プログラミングを学ぶ)の授業では実際にホームページのシステムを作ったり。すごく面白いですよ、大好きでした。
●これからの時代、そういったスキルを持った人は必要ですからね!授業で学んだおかげでもう自分でもホームページは立ち上げられるくらいになりましたか?
 時間はかかると思いますけど(笑)、でも大丈夫だと思います。
●じゃ、授業はかなり本格的だったんですね。
 そうですね。はじめはコンピュータ全然ダメだったんですよ。いちおう現地にはノートパソコンも持参していたんですが、キーボードを指1本で打ってたくらいで(笑)。でもインターネットを使って勉強する環境のおかげで、コンピュータにも興味をもつようになって、色々と機能もマスターしていって…。今ではブラインドタッチも完璧にこなせるようになりました(笑)。
●興味をもつと人間はこんなにも成長を遂げるんですね!
 自分の興味があるものだと勉強していてもやっぱり面白いですよね。Information Systemもそうでしたけど、1年目を除いて2年目からは選択授業になるので、他の科目も基本的に自分が学びたいと思う勉強ができて熱心に取り組めるんです。IS以外に選択していたInformation Processing and Managementの授業では、例えば「図書館ではどのようにコンピュータ制御されているのか」「会社を運営する上でどのようにコンピュータ管理すれば効率的か、問題が起きたときの解決方法とは何か」などを学びました。トラブルにまつわるケーススタディでは生徒が解決法を提案していくんですが、本当に人それぞれ意見が違うんですね。新鮮で面白かったですよ、「ああ、こんな考え方もあるんだ」と思って。すごい勉強になりました。
●それまでの自分にはなかった価値観に出合った驚きだったんでしょうか?
 はい、価値観の幅が広がって、柔軟に物事を考えられるようになるというか。いろんな尺度からものを見ることができるようになりますね。多様な価値観や思考に触れる機会を持てたことは今後の人生においてすごく役立つだろうなと思います。
●ところで、選択していた主な科目を見る限り、大学で専攻希望している国際関係や観光学にはあまり繋がりが見えないですが、どの辺りから大学の専攻を決めていったのでしょうか?そもそも帰国子女で日本の大学へ進学を決めたのは?
 帰国子女は今年のはじめから徐々に、ですね。周りもそろそろ卒業後の進路を考え出していて、僕は日本に戻りたいと思っていたので、「では日本のどの大学で何を専攻するか」と考えたときに「留学経験を活かして英語を使える国際関係を学びたい」と思ったんです。それで国際関連が学べる大学に的を絞って調べていたところ、志望校のひとつにある「観光学科」というものを見つけて。旅行好きだったのもあって興味を持ったんですね。
●では、将来は国際関係の職に就きたいと。
 僕は小さい頃からパイロットになるのが夢だったんです。ずっと変わりませんでした。
●すごい!小さい頃の憧れの職業として人気は高いですけど、その頃の夢をずっと失わずにあたため続けていられたのは素晴らしいですね。
 そうですね。実は「パイロットには国際感覚や英語力が必要」、というのが留学を決意した動機でもあります。大学を卒業したらパイロットを目指したいです。
●ところでVCEの試験を日本で受けたということですが、その準備は?
 僕は帰国子女の受験日程とVCEが重なっていたので、一足先に日本へ帰国してまずAPUの受験を終えてから日本のVCE受験センターになっているICCで受験しました。正直なところ、VCEの受験準備はあまりできませんでしたね。現地の先生にVCEの過去問をもらって1度通しで解いてみただけで本番に臨みましたが、何とか全科目無事に終えることはできました。
●普段の授業をしっかり勉強していた成果かもしれませんね。一方で帰国子女の受験対策は?
 これは今年のはじめから取りかかりましたから万全でした。帰国子女受験には小論文が多いので、昨年度出題された小論文のテーマをひたすら書く練習に専念しました。ちなみに先日受験したAPUのテーマはちょっと変わっていて、「あなたの考える一人前の大人とは何か」で、こんなテーマが出題されるとは予想しなかったので、ちょっと戸惑いました(苦笑)。
●この1年の大半を帰国子女の勉強時間に費やしていた感じでしょうか。学校からの宿題も結構あると思いますけど。
 そうですね。宿題もあるので毎日1時間以上、多いときは3時間くらい通常の勉強に時間を取られます。それに加えて帰国子女の受験準備だったので、両立するのはかなり大変でした。小論文の勉強はまだ余裕があったんですけど、その他に面接対策として帰国子女受験のための塾のようなところに通ったり、友達に模擬面接をしてもらったりして結構慌ただしかったです。ただ僕はこれまで面接というのは体験したことがなかったので、塾でのレッスンはAPUの面接にもすごく役立ちました。「こういった質問がくるだろう」と予想していたのがばっちり当たりました(笑)。
●ここで「留学して良かったと思えること」を聞かせて下さい。
 日本にいたときは家のことは全て親に任せていたんですね。ところが留学してよそのお宅で暮らすようになると、やはり気を使いますよね。それで自分の身の回りからお金の管理までひと通り自己管理できるようになりました。またパイロットを目指すうえで英語力が身についたというのもとても大きいと思います。
●最後にこれから留学しようと考えている人に向けてアドバイスをもらえますか。
 僕の留学生活全てが思い描いていた通りだった、という訳ではありませんでした。留学前は「オーストラリア人はすごくフレンドリー」といった言葉をよく目にしてたんですが、実際はそうでもなくて、「向こうから気軽に声をかけてくれるもの」という僕の想像と現実の世界に大きなギャップを感じていました。ところが英語力が伸びない自分に危機感を感じるようになって、思い切って現地のコミュニティに入っていったことから、すんなりネイティブの学生とも仲良くなることができて、それで「自分から声をかけていけば、彼らもフレンドリーに接してくれる」ことに気づいたんですね。「はじめの一歩を踏み出せば、新しい世界は開けるんだ」ということを身をもって実感したんです。これから留学しようとする皆さんにも、ぜひ勇気を持って頑張ってもらえたら、と思います。
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